AMY(エイミー) 評論
麻薬と酒に身体を蝕まれて若死にしたアーティストは数えるのが倦むくらい多い。
ジャニス・ジョップリンもそうだったし、ジム・モリソンもそうだった。
音楽と人生を割り切って分割出来ない真面目な人は創作活動に悩みドラッグに頼るようになる。その気持ちは分からないでもないが、芸術とはなんと厳しい道なのだろうとは思う。
エイミー・ワインハウスは音楽と人生を分離することが出来なかったアーティストの典型である。彼女にとって音楽とは人生そのものであった。
芸術へのアプローチの仕方はクリエイターに依って様々で、村上春樹のようにストイックなまでに自己管理を行って創作活動を続けているタイプがいる一方で薬物に溺れ、破滅的な人生を送りながらそれを糧にして作品に昇華させるタイプがある。エイミー・ワインハウスは後者だった。
中島らももそうだったが、薬物依存に陥りながらも奇跡的な傑作を残すクリエイターが居る。薬物依存に陥るのが自堕落なのだとは思わない。むしろ真摯に自分に向かい過ぎる真面目な性格がドラッグに溺れてしまう一面もあると思う。
只、単なる酔っ払いとアーティストとは根本的に違い、弱い心を酒で紛らわす臆病者が居れば、巨大な創造性に押し潰される苦しさから酒に逃げる人も居るのである。
エイミー・ワインハウスは音楽がその苦しみを癒す薬にもなっていたが、その反作用であったドラッグを手放すことが出来なかった。
彼女にとって正反対の作用を及ぼす”音楽”と”ドラッグ”が一緒くたになっていたのである。エイミー・ワインハウスにとって、音楽が彼女の魂を救う一方でドラッグが彼女の身体を蝕んだ。だが、彼女はそれを峻別する事が出来ず同列に扱ってしまった。まさに破滅的な生き方だった。
エイミー・ワインハウスのその凝縮された人生から紡ぎ出される音楽が多くの人の心をつかんだのは、とくに驚く事でもなく、俗人的な言い方だが、彼女は魂を削って名声を交換したに過ぎない。彼女の詩は露骨な性的表現が含まれているが、それだけ自分の体験や人生を音楽に昇華させてきたからだ。
このドキュメンタリーでは彼女の創作活動の背景と人生観をつまびらかにしている。
彼女の肉親や恋人、友人へのインタビューを行ってエイミー・ワインハウスの人物像を立体的に描き出している。そこにあるのは大きな才能とそれに伴う名声に戸惑う一人の女性の人生だった。
音楽という篝火に誘われる蛾のように、彼女はジャズに身も心も捧げ燃え尽きたのである。
エイミー・ワインハウスは弱冠27歳でこの世を去ったが、未来を嘱望されていただけに亡くなったのは残念でならない。ロックシンガーは27歳で亡くなるケースが多く、27歳はミュージシャンにとっての厄年と言えるかもしれない。この作品はエイミー・ワインハウスの生い立ちから2011年に急死するまでの短い人生を128分のフィルムに収められているが、偉大な才能をたった128分でまとめられてしまうことにいくばくかの寂しさが伴う。2時間余りに編集された彼女の27年間を感じ取って愛惜し弔う。
そうやって心の整理をつけていくのだろう。
★★★★★
2016年7月16日(土)角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ新宿他全国にてロードショー