技術立国日本の疑問


技術大国日本と10年くらい前に騒がれて今では少し沈静化しているが、日本が技術を重視する国だったという見方に疑問がある。
そもそも技術者は保護奨励されてきたのか?
これから話す内容は筆者の個人的な感想である。
憶測の域を出ない。
なので、データの挙証責任を負わない。あくまで推論だ。
昔の技術者、匠という人たちだが、技術で裕福になったという話をとんと聞かない。
その後世に残る業績であっても本人は慎ましく人生を終えたというケースばかりだ。
また、庶民の技術者に対する評価も低く一例を挙げれば浮世絵は包装紙として海外に輸出され西欧の画家に価値を再発見された経緯がある。
そして、昭和初期の戦争に至るのだが、造船技術や飛行機などの製造に国を挙げて取り込むことになるのだがこれはあくまでも組織の力であって個人レベルでの技術についてはあまり注目されてこなかった。たまに堀辰雄の「風立ちぬ」を原作にした宮崎駿のアニメで個人の技術者がクローズアップされて衆目を集めるのだが、それはやはり珍しいからであって、裏を返せば日本人は技術者のスキルというものにあまり関心が無いという証明でもあるわけだ。
江戸時代は技術者が技術で裕福になるというエピソードよりも商人が莫大な利益を上げたほうが逸話として残っている。材木商が大もうけしたとか、越後屋がどうだとか、その後の財閥だとか常に組織の中で搾取される技術者という事実が透けて見えてくる。
予断であるのだが、日本人の意識には技術者に対して「好きなことをやっているのだから報酬は少なくても良いだろう」みたいな”やりがい搾取”が根底にあるのではないのだろうか。
現代でもその認識は強く残り、もう何年も昔になるのだが、一企業で新技術を発明した技術者がノーベル賞を獲得したのだが、その発明は企業に帰属するのかあるいは技術者本人になるのかで訴訟事件になった。
そのことからも判るように、日本は技術立国ではあるのだが、それは組織単位での技術奨励であって個人レベルではとくに篤い待遇ではないのだ。
それよりも日本では中間搾取する仕事への抵抗感が少ない。前述したように材木商の例とか、現代では人材派遣会社である。これらは直接生産には貢献していない。
それを政府は奨励している。技術立国と相反する方針なのに政府の要人はその矛盾に無自覚だ。日本というのは中間搾取立国なのである。だから優秀な技術者が海外へ流出する。自動車会社然り、研究者然りである。
その事実を受け止めないと本当の技術立国にその看板を奪われることになる。
というより、もう奪われてしまっているのかもしれない。

 

2017年8月14日

 

 

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