ダウンサイズ 評論


東和ピクチャーズ
(C) 2017 Paramount Pictures. All rights reserved.


ミニ人間になる決断はピルグリムファーザーズがアメリカへ移住を決意したものと同じ。だからアメリカ人の情緒に訴えかけている。

アレクサンダー・ペインは『ネブラスカ』などヒューマンドラマを得意としてきた監督だからなのか映像で説明することをあまりしていない。特殊効果を使うシーンは少なく多くの場合は台詞か俳優の演技でその効果を出している。それはペイン監督が演出と脚本に絶大な自信があるからのように思う。

主人公夫婦がミニ人間になる前の晩の壮行会の後に主人公(マット・デイモン)に絡む酔っ払いが居るが、ミニ人間になっても権利は同じであることを批判するところが、この作品が縮小した人間の奇妙な冒険譚ではなく、ミニ人間になることへの社会的意義や問題を描き、その社会問題性もきっちりと描写している。この作品はミニ人間に成ることの奇異さよりもその発明が引き起こす社会問題をきちんと描いているシリアスな作品なのである。それが、後戻りのきかない環境へ移る人間の逡巡や決断がテーマであることをより浮き立たせている。また、ミニ人間が営む社会でもまた階級差が存在し移民の問題があり、縮小しても社会問題が依然として存在する事実を映画は皮肉を込めて描いている。おそらく、映画は人類が幸福に生きるには外因的な発明よりも我々自身の努力と心の持ちようでしか改善はしないことを仄めかしている。つまり他人任せではいつまで経っても社会は良くは成らないことへのメッセージである。やはり”self made man”を理想的愛国者と仰ぐアメリカ人らしい発想である。

主人公の隣人であるドゥシャン(クリストフ・ヴァルツ)がミニ人間の世界と普通の人間の世界の仲介に立ち交易をして儲けるというのは、この現実世界も同様でいつの時代でも異なる世界の狭間に立ちその階差で利益を得る人間が居るという風刺なのである。

結局、この作品は人間が縮小されることでの視覚的な描写よりも、人間が未知の世界に飛び込む勇気や葛藤を描いているのだ。その決断にドラマが生じているのである。

だからビジュアルよりもストーリーを期待したほうが良い。

ちょっと余韻を残す監督の風合いがこの作品でも良く出ている。

この作品では2人のヒロインが登場するのだが、様々な局面で決断をしている。主人公もまた幾たびも決断を迫られている。世界でも日本でもそうなのだが、偉人と云われる人の至言に”ふたつの道があったら困難な道を選べ”というものがある。この作品でも、市井の人が図らずとも困難な道を選び、または挫折している。その悲喜こもごもを監督はユーモラスに時に冷静に描写している。この作品は人間の決断の崇高さを描いているのである。ペイン監督は人生というのは小さな決断の積み重ねなのだと言っているように思う。

 

★★★★

 

2018 年 3 月 2 日(金) TOHO シネマズシャンテ他全国ロードショー!

 

HOME>>ダウンサイズ

Amazonで応援してくださる方はこちらから!