太陽を盗んだ男 評論

 

学校の理科教師が原発から核物質を強奪し、自家製の原爆を造って国家を恫喝するまでの顛末を描いたもの。
核=国家という認識が現代の日本よりももっと強力だった30年前の日本で手製の原爆を造り国を脅迫するところは、アナーキズムと言っても良さそうである。管理の厳重な原子力発電所から核物質を強奪して自宅の台所で原爆を製作する様が結構入念に描写されており、イエローケーキをオーブンで焼いたり、精錬したプルトニウムを茶漉しで移すシーンがコミカルであるほど国の権威の鎧を剥ぎ取って無効化してしまう力が有った。
原爆が完成して警察を脅迫する段になっても主人公は何を要求して良いのか分からない。絶対的な力を手にしておきながらも警察への要求は“ナイター中継の延長”であったり、主人公に明確な目的というものが無い。
途中、女性DJとの仮初の恋も盛り込まれるが、主人公はそれすらも拒否し原爆のタイマーをセットし、社会とのチキンレースに興じる。そこには最早、権威の否定を超えて虚無に帰りたいと願う主人公の空虚な心が露わになっていく。
終盤で菅原文太演じる刑事が言い放つ台詞が忘れられない。「お前は誰かを殺したいんじゃない。一番殺したいのはお前自身なんだ!」。近年、痛ましい無差別殺人事件が起きる日本の病巣を遥か以前にこの映画は抉り出して見せていたのである。
結論として、この映画は「アナーキズムはニヒリズムに帰結する」という思想の変遷を巧く映像化した佳作である。

そのほかかなり違和感が有ったのは、菅原文太が30メートルくらいの高さから飛び降りて満身創痍であっても生きていたり、何発も銃弾を浴びても怪力を発揮したりと演出として疑問が残るシーンも多かった。

主人公の沢田研二たるや高層ビルから落ちても電線に引っ掛かって助かるシーンはもはや漫画である。『ダイハード』の源流をここで見付けたような気がした。

 

★★★★

 

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